お知らせ

週報No.419 – 2018年12月2日(待降節第1主日)

2018年12月01日

1.待降節黙想会のお知らせ

本日、待降節黙想会を下記により開催します。皆さまのご参加をお待ちしています。

  • 時間:11時30分~15時 
  • 指導:大阪大司教 前田万葉枢機卿
  • 日程:
    第1講話  11時30分~12時30分(ケルンホール)
    第2講話  13時30分~14時30分(地下聖堂)
    聖体賛美式 14時30 分~15時(地下聖堂)

昼食は各自ご用意ください。

2.クリスマスカード作成のお手伝いについて(福祉部)

12月7日(金)、初金ミサ後、集会室1にてお年寄り、ご病人の方にお送りするクリスマスカードを作成します。お手伝いいただける方、お集りください。

3.「せきぐち」発送作業のお手伝いについて

12月9日(日)、10時ミサ後、中会議室にて「せきぐち」12月号の発送作業を行ないます。多くの皆さまのご協力をお願いいたします。

4.「クリスマス音楽の集い」お手伝いの募集について

12月15日(土)、14:00~16:00に「クリスマス音楽の集い」(関口教会主催)が開かれます。当日の受付・案内のお手伝いを募集しています。12月9日(日)まで10時ミサ前後に大聖堂入口にて受付けますのでご協力をお願いいたします。

5.「クリスマスミサ」お手伝いの募集について

今年もクリスマスには多くの方が教会にいらっしゃいます。そのためのお手伝いを募集しています。先日お配りしたプリントの通り、構内誘導・聖堂内誘導・献金・救護・くつろぎの部屋の各係りのご協力をいただける方、お手伝いください。12月9日(日)まで受付けています。詳細はプリントをご覧ください。皆さまのご協力をよろしくお願いいたします。

6.2019年度予算申請について

2019年度の各部・地区会の予算については予算申請用紙に必要事項を記入のうえ、12月16日(日)までに教会事務室にご提出ください。申請用紙は事務室にあります。 

7.クリスマスマーケットの御礼(福祉部)

先週行ないましたクリスマスマーケットの売上は119,300円でした。全額を「足立インターナショナル」に寄附させて頂きます。皆さまのご協力に感謝申し上げます。

 

12月2日の予定

宣教地召命促進の日・献金(各ミサ中)

待降節黙想会(11時30分、ケルンホール)

入門講座(Sr.松村、10時ミサ後、集会室2)

教会学校(10時ミサ後、教理室4)

12月9日の予定

信仰講座(三田助祭、11時30分、教理室6)

入門講座(Sr.松村、10時ミサ後、集会室2)
 
教会学校(10時ミサ後、教理室4)
 
アデステ(10時ミサ後、小会議室)
 
聖歌隊練習(10時ミサ後、大聖堂)
 
「せきぐち」発送作業(10時ミサ後、中会議室)

 マリア茶房(10時ミサ後、エントランスホール)
 
運営委員会(13時、2F会議室)

その他の予定

初金ミサ(12月7日(金)、10時、地下聖堂)
 
聖歌隊練習(12月8日(土)、指導町田氏、19時、大聖堂)
 

司祭短信  77

11月21日に藤岡和滋神父さまが亡くなって、がっかりし、寂しい思いでいたところへ、一週間も経たないうちに国枝夏夫神父さまの訃報を聞かされて、さらにがっかりしているところです。折しも、菊池大司教さまがドイツのケルンへ行っておられる最中だったので、急遽、通夜も葬儀ミサも岡田大司教さまが司式されました。岡田大司教さまにしてみれば、国枝神父さまは、東京教区の司祭だった頃からの長―い付き合いの司祭なので、摂理的といってもいいのかもしれません。とは言っても、国枝神父さまは、1976年に福生教会の主任司祭を退かれてから、小教区を離れておられたので、何かの機会に動静を聞く程度だったかもしれません。

小平に住み、近くの修道院でミサ司式の奉仕をしながら、神父さまならではの活動をしておられたので、お姿を見ることは少なく、「国神(くに神)はどうしているんだろう」と時々、話題になる程度でした。

確か4年前だったと思います。クリスマスの翌日行われる聖職者の集い(テデウム)の後、ケルンホールで行われるパーティーで会いました。元気そうで、「俺は国枝神父だ」と若い神父さんたちに声をかけていたのを思い出します。若い神父さんたちは、珍しい方を見るような感じで「あれが国枝神父さんなのだ」という感じで頭を下げていました。

そのあとしばらくして、八王子の小比企町にある聖パウロ病院に入院され、そのまま臨終の日を迎えられました。聖パウロ病院には、ほかに、東京教区の神父さんが入院されたので、見舞いに出かけ、同じ階に入院されていた国枝神父さんを見舞う感じでした。

国枝神父さんは、慶応大学カトリック栄誦会のOBでした。そして、明治大学を始め、幾つかの大学のカトリック研究会の指導をされていたので、その独特なキャラクターも手伝って人気がありました。ですから、結構、忙しい日々だったと思います。

神父さんの生き方の柱の一つは、何と言っても「義に飢え渇く人(マタイ5の6)」でした。純粋、まっしぐらに義を掲げて進むところがあって、孤立をまぬがれない結果になっていました。聖パウロ病院で慶応の卒業生と一緒に面会することがあって、まだ元気が残っていた頃、国枝流の教会論、宣教論を聞いた時、国神らしいなーと思いました。

今年は、五人もの司祭を神様の元へ送りました。寂しいです。特に、先週、藤岡神父さま送ったばかりなのにです。何しろ、藤岡神父さんの火葬が終わって、関口に帰った途端に「国枝神父さんがお亡くなりになったそうです」と聞かされたわけですから、「えっ」と絶句してしまいました。体調を崩されていて、いつ逝ってもおかしくないと聞かされてはいましたが、ショックは隠し切れませんでした。

菊池大司教さまが司祭の葬儀の挨拶でいつもおっしゃっているように、「神様、取るばかりではなく、代わりの召出しを送ってください」と祈ります。それはともかく、国枝神父さまのご冥福を祈ります。