お知らせ

群衆イエスを追いかける

2018年07月21日

三田助祭

[福音箇所 マルコ6:30−34] 

今日の福音を読んでわたしは「はっと」しました。わたしがここにいたらイエスの弟子だろうか。それとも群衆の一人だろうか。

イエスは弟子たちを「わたしについてきなさい」と誘われます。群衆は呼ばれません。奇跡で病気を治した人びとには「行きなさい、でも誰にも言ってはいけない」とおっしゃいます。イエスに癒やされた人でイエスの弟子になった人はいません。

イエスは人を自分の弟子にしようとして癒やすのではありません。ただ人が苦しむのを見たくないのです。これがイエスの慈しみです。

さてここで私達について考えましょう。洗礼を受けてイエスの弟子にしていただけたのでしょうか。イエスが弟子たちに期待したように、わたしたちに期待しているでしょうか。わたしたちは本当にイエスに会うために教会に行くのでしょうか。それともなんとなく習慣で教会に行くのでしょうか。友人と会いに行くのでしょうか。このような気持ちで日曜日に教会に行くならばイエスは私達を慈しみ深く扱ってくださいますが、あまり期待されません。

やはり「ミサの中で三位一体の神、天使、聖人などと一つになり、また教会の一人ひとりと一つになって祈るため」に来るのでなければイエスの期待を得られないでしょう。ミサは「行きましょう主の平和のうちに」で終わりますが、主の福音を述べ伝えに行かなければイエスに期待されないのでは・・・。

 

三田一郎 助祭