お知らせ

罪とイエスの死

2014年02月15日

三田助祭マタイ5:17−37

今日の福音で、イエスは、わたしたちの犯す罪について律法よりも厳しく語られています。わたしたちがもっているイエスのイメージは優しいイエスです。罪に対して妥協しないイエスと優しいイエスは矛盾しないのでしょうか。

イエスはわたしの罪のために死んで下さいました。わたしたちは、このことを何千回も聞きました。はっきり言って「イエスがわたしのために死んで下さった」なんて、ありがた迷惑ではないでしょうか。わたしはそんなに罪人ではない。イエスがわたしのために十字架で死ぬなんてとんでもない。

これは罪人であるわたしの考えです。被告人が自分の犯した罪のために受ける罰を決める権利がありますか。罪の重さは裁判によって与えられる罰の重さで決まるのです。わたしの罪に対する罰は何でしょうか。神は無限に清く、神にとって、わたしの犯した罪はあまりにも汚く重く、わたしは独自で罰を受けることが出来ないのです。わたしが赦される唯一の方法は御一人子キリストが生け贄になり、わたしの代わりにその罰を受けることです。

イエスは罪を軽く見て赦して下さるのではなく、非常に重く見て、ご自分の死によって赦して下さるのです。限りなく清く限りなく優しいイエス。わたしたちはどのように感謝すれば良いのでしょうか。この喜びの福音を全ての人に述べ伝えることです。

三田一郎 助祭