お知らせ

森田神父様に学ぶ典礼 第2回(全4回)

2026年10月31日

「祈りの雰囲気を整える真の沈黙を作り上げること」
— 積極的な典礼参加のために —

助任司祭 洗礼者ヨハネ 森田 直樹

森田神父第2バチカン公会議(1962年~1965年)の実りとして、全世界において、ローマ典礼でのミサを刷新し、それぞれの国語でミサが捧げられるようになりました。この典礼刷新の目的として、『典礼憲章』には、ミサに参列する信徒の「十全な、意識的な、行動的な典礼参加のため」ということが挙げられています。

皆さまご存知の通り、ミサは司祭だけのものではありません。キリストの名において集められた教会共同体が、司祭の司式奉仕を通して、ミサを捧げ、神さまに感謝と賛美をささげるものです。ここには誰一人として、観客や傍観者はいません。ミサに参列する一人一人が「十全に、意識的に、行動的に」参加し、ミサを共に捧げているのです。

一つの例として、私たち一人一人が作り上げる典礼の環境づくりを考えてみたいと思います。それは、沈黙です。沈黙とは、ただ話をしない、ということだけではありません。私たち一人一人が祈りのための真の沈黙へと入らない限り、祈りの雰囲気はできあがらない、ということです。これも「意識的、行動的典礼参加」の一つです。

経験談ですが、以前、入場券をもらって、オルガンコンサートに出かけました。コンサートが始まる直前に、誰もしゃべっていないのですが、どこかそわそわとした落ち着きのない沈黙でした。どこからかレジ袋を触るような音や、パンフレットのページがめくられる音などが響いていました。そこへ、オルガン演奏者が現れましたが、素人の私が聞いてもわかるくらい、最初の曲は、上手でない演奏でした。しかし、そこはさすがにプロの演奏者です。演奏が続くにつれて、どんどん聴衆を引き付けていきます。そして、演奏が終わり、アンコールの拍手が響き渡りました。そして、演奏者が再び現れました。そしてアンコール演奏直前の沈黙は、何かに引き込まれるくらいの沈黙でした。「さあ、アンコールの曲を聞かせてください。」という気迫に満ちた沈黙のひと時になったのです。それから演奏者は、一番最初の曲を弾き始めました。聴衆もしっかりと聴く態度が整い、演奏者も心を込めていたのでしょう。すばらしい音楽を奏でてコンサートは終了しました。

ミサの環境づくりも、そこに参列する一人一人が真剣に祈り、聖書朗読を通して、神さまの声をしっかりと聴くという心構えがなければ、ふさわしい環境にはならないのだと思います。

ミサの中で、特に大切にしたいのは、集会祈願の祈りの招き「祈りましょう」のあとの沈黙、聖書が朗読された後の沈黙、説教の後の沈黙、そして聖体拝領後の沈黙です。

「祈りましょう」という呼びかけがなされているのですから、『聖書と典礼』のパンフレットをめくる音などしないはずです。一人一人が持ち寄ってきた祈りを静かに心を込めておささげしたい沈黙のひと時です。

聖書が朗読される時、それは神ご自身が私たち一人ひとりに語ってくださる時です。できるだけ耳だけで朗読を聴くようにして、しっかりと味わいたいと思います。朗読者が席についてすぐ「答唱詩編」や「アレルヤ唱、福音朗読」の案内をすることなく、しばしの間、朗読されたみことばを味わうことができるとよりよいと思います。

聖体拝領後もいただいたご聖体に意識を集中させて、イエスさまと一致させていただいた恵みをかみしめるひと時にしたいと思います。

これらのことは小さなことですが、一人一人が心がけたい「行動的な」典礼参加だと思います。