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イエスは天に上げられた
2015年05月16日
カトリック信者は「使徒信条」の中で次のように宣言します。
イエスは「天に昇って、全能の父である神の右の座に着き、生者と死者を裁くために来られます」と。
弟子たちが復活されたイエスに出会ったという状況は、一体どういうことだったのでしょう。その時のことを思いめぐらすのは、とても難しいことです。イエスの復活は、あの悲惨な十字架刑と死、そして埋葬という一連の出来事の終わりに来る出来事としては、余りにも大きな飛躍があります。その上、やっと復活されたイエスに弟子たちが馴染んだ頃に、今度はイエスの昇天が彼らの目の前で行われたのです。
昇天というこの出来事は、イエスとの別れという悲しい出来事ではありませんでした。
ルカは次のようにこの出来事を書いています。
「イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。」(ルカ24.50-53)
昇天は、「イエスを伏し拝み、大喜びで帰っていき、神をほめたたえ」ることができるエネルギーをいただく出来ごとでした。彼ら弟子たちの信仰の深化が見受けられます。
また、主の昇天の日のミサの集会祈願には「主の昇天に、わたしたちの未来の姿が示されています」と記し、わたしたちを希望と喜びへと招きます。弟子たち同様、わたしたちも出かけて行って、至るところで宣教に励むことができるように、今一歩の飛躍を求められています。イエスは今もわたしたちを祝福してくださっています。わたしたちも大喜びで自分の場に帰り、絶えず、神をほめたたえる者になりましょう。日常の困難はあって当たり前です。今も手を上げて祝福してくださっているイエスの御顔を仰ぎながら、元気を出して前進しましょう。
Sr.品川ヨシ子
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